さん
  • プロフィール管理
  • ログイン中
  • ログアウト

Myページトップへ

明大ラグビー部OB会 運営・管理について

部歌・校歌学校関係者挨拶監督・コーチ挨拶グッズ紹介OB会役員・委員紹介規約年会費についてOB会支払者名簿

フォトライブラリー

お役立ちリンク集

インテリアモール

バナー

このウェブサイトでは、メンバーの個人情報を安全に送信するためにSSL暗号化通信を利用しています。

OB部室

明治の優勝記録

2011.07.04


対抗戦には「優勝」と言う概念がなく、対抗戦式に言えば「最優秀校」になるのでしょうが、
マスコミの言う優勝回数と言ったら、大学選手権が始まって以来14回で、対抗戦大学別では2番目の記録です。
(早稲田は22回、日体5回、慶応4回、帝京1回、数字は2010年度まで)
 
明治が対抗戦全勝優勝(引分けなし)したのは、うち9回です。
昭和54年度(木村和彦主将)、昭和61年度(高橋善幸主将)、
平成3年度から平成6年度まで(小村淳主将、永友洋司主将、元木由記雄主将、南條賢太主将)、
平成8年度から平成10年度まで(松本幸雄主将、田中澄憲主将、山岡俊主将)
 
対抗戦とリーグ戦が分かれて以来、明治と早稲田は対抗戦同率優勝が2回あります。
同率優勝の記録は早明のみで、他大学にはありません。
同率優勝となったのは、昭和50年(笹田学主将)と平成2年(吉田義人主将)の時です。
しかも両試合とも早稲田とは引き分けでした。
 
大学選手権での優勝は、12回(早稲田は15回)ありますが、対抗戦全勝で選手権も優勝した、つまり
大学時代の対学生の公式戦無敗無分けは、4回だけです。
昭和54年度(木村和彦主将)、平成3年度(小村淳主将)、
平成5年度(元木由記雄主将)、平成8年度(松本幸雄主将)
 
ちなみに大学選手権での引分け優勝は2回あります。
1回は慶応(昭和60年度南隆雄主将)で、残りは大東文化(昭和63年度安東文明主将)です。
この引分け優勝回数は、慶応と同数ですが1位です。
皮肉なことに、昭和60年の慶応との決勝戦は、明治が1トライあげていたのに対し、慶応はPGによる
点数だけでした。これで抽選となったことを踏まえ、以降、トライ数差を次のステージに上がる優先権として
採用するようになりました。
その後、昭和63年、明治はトライ数差で大東文化に日本選手権出場権を奪われました。
 
なお、日本選手権を唯一勝ち取った昭和50年度(笹田学主将)は、対抗戦早稲田に引き分けた以外は、
もちろんすべて勝ちましたので、社会人を含めて公式戦負けなしシーズンでした。
余談ですが、昭和60年度(南隆雄主将)の時は、対抗戦2分け、選手権決勝引分け優勝(合計3分け)のうえ、
抽選で敗れて日本選手権は出場しなかったため、昭和50年度に続いて公式戦無敗で終わった代です。
この代は対抗戦も選手権決勝も慶応と引き分けだったと言う、珍事が起きました。
 
次に連覇です。
大学選手権が始まって、連覇は2回です。
平成2年(吉田義人主将)と平成3年(小村淳主将)のとき
平成7年度(信野將人主将)と平成8年度(松本幸雄主将)のとき
大学選手権の3連覇は同志社が1回、連覇は早稲田(4回)、関東学院(2回)、
帝京(1回)の5しか成しえていない偉業です。
今シーズンは、帝京が3連覇に挑みます。
 
偉大な記録としては、昭和47年度高田司主将の代から、昭和57年度藤田剛主将の代まで
11年連続で大学選手権進出しています。この11年で、優勝5回しました。間違いなく黄金期です。
昭和63年度安東文明主将から、平成10年度山岡俊主将までの11年間は、
決勝進出9回、うち優勝6回、2度の連覇という輝かしい記録があります。
 

コメント

コメントを書く

ページTOPへ